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とくとくコーナー クイズに答えて素敵な賞品をもらおう!

2022年06月

『達人の言葉シリーズ52』

問題: 去る5月1日に80歳で亡くなられた、サッカー元日本代表監督イビチャ・オシムさんの語った言葉はどれでしょうか?

1. 組織にとって、言われたことしか実行しない部下は役に立たないどころか組織の命取りになる。

2. この世界に負けないチームなど存在しません。試合に負けたときこそ、強くなるチャンスなのです。

3. ライオンに追われたウサギが逃げ出す時に、肉離れをしますか? 要は準備が足らないのです。


■賞品:下記のとおり
■回答:番号でお答えください
■締め切り:2022年06月06日 (月)
■発表:メールマガジン2022年06月24日号にて。

※受付期間を過ぎたもの、必要事項がすべて記入されていないものは無効となります。
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クイズの答え

正解…3
1.はジーコ  2.はザッケローニ

解説
イビチャ・オシムさんは、1941年ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ生まれ。子供の頃からサッカーに夢中になり、早くも14歳の時にFKジェリェズニチャール・サラエボの入団テストを受けて合格、入団後は無給で同チームでプレーしました。1962年同チームでプロデビュー。1964年の東京オリンピックでは、旧ユーゴスラビア代表のフォワードとして出場し、対日本戦で2ゴールを挙げます。1968年の欧州選手権では準決勝でイングランドを1-0で下し準優勝。その試合で重傷を負い、決勝戦には出場できませんでしたが、大会ベストイレブンに選出されました。1970年にフランスのRCストラスブールに移籍、以後、背番号10番を背負いながらいくつかのクラブを渡り歩きますが1978年、古巣のRCストラスブールを最後に現役を引退。その後、ジェリェズニチャールの監督を経て、1986年旧ユーゴスラビア代表監督に就任。1990年イタリアW杯でベスト8に導きます。また、1991年には当時兼任していたパルチザン・ベオグラードの監督として来日し、日本代表と親善試合を行いました。その後、ギリシャやオーストリアのクラブ監督として実績を残し、2003年1月ジェフユナイテッド市原(当時)の監督に就任。2005年、同チームをナビスコ杯優勝に導きます。2006年7月、日本代表監督に就任しましたが、翌2007年11月、脳梗塞で倒れ、監督を辞任、以後、監督業にはつきませんでしたが、日本サッカー協会とアドバイザー契約を締結し、日本サッカーに対して時宜にかなった助言をしてきました。2022年5月1日、80歳で亡くなりました。
 
名監督だったオシムさんは、人生の指針を与えるような名言を数多く残しています。 

『リスクを負わないチャレンジはない』

『限界には、限界はない。限界を超えれば、次の限界が生まれる』

『敗北は最良の教師である。だが、だから明日の試合で負けたいとは言えない』

『システムの奴隷になってはいけない』

『古い井戸に水があるのに、新しい井戸を掘るのはやめたほうがいい』

【 当選発表 】
H.Mさん 情報処理科 2006年卒業
T.Dさん ゲーム企画科 2022年卒業

賞品詳細

現在応募期間対象外です。