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とくとくコーナー クイズに答えて素敵な賞品をもらおう!
2026年01月
『達人の言葉シリーズ88』
問題: 2025年12月いっぱいで60年に及ぶ演奏活動を休止することを発表したジャズピアニスト山下洋輔さんが語った言葉はどれでしょうか。
1. 皆を思いやる気持ちがないヤツらには音楽(ジャズ)をやる資格はない
2. 最高を求める気持ちは、いまだにおんなじだね
3. 楽譜通りに弾いてもつまらない? 楽譜通りに弾けるようになってから言いなさい
1. 皆を思いやる気持ちがないヤツらには音楽(ジャズ)をやる資格はない
2. 最高を求める気持ちは、いまだにおんなじだね
3. 楽譜通りに弾いてもつまらない? 楽譜通りに弾けるようになってから言いなさい
■賞品:下記のとおり
■回答:番号でお答えください
■締め切り:2026年02月10日 (火)
■発表:メールマガジン2026年02月25日号にて。
※受付期間を過ぎたもの、必要事項がすべて記入されていないものは無効となります。
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クイズの答え
正解…3
1...日野皓正 2...渡辺貞夫
解説: 山下洋輔さんは、1942年2月26日生まれ。東京都出身の世界的なジャズピアニスト、作曲家であり、エッセイストとしても知られています。小学生の頃はヴァイオリンを本格的に習い、ピアノは家にあったので遊びで弾く程度でしたが、中学3年のときに、当時大学生だった兄のジャズ・バンドにピアニストとして参加、初めてスイングジャズを弾くことに。それ以後、本格的にジャズに打ち込むようになります。やがて兄のバンドの技量に満足できなくなり、いくつかのアマチュアバンドを転々としますが、ある時「とてつもない額のギャラをもらったことがあって、それでもうこの道しかないと決めてしまった」ということで、麻布高校在学中にジャズ・ピアニストを志し、1962年国立音楽大学に入学、作曲科に在籍しながらプロとしても本格的な活動を始めます。「入学願書の履歴欄には、確か『現在ジャズピアニストとして活躍中』と書いたと思います。ジャズマンの代表として入学するんだ、みたいな生意気な意識があったんですね(笑)」(国立音楽大学ホームページより)。
卒業後、1969年に山下洋輔トリオを結成、肘でピアノを弾くといったフリー・フォームのエネルギッシュな演奏でジャズ界に大きな衝撃を与え、モントルー、ニューポートなどの著名ジャズ・フェスティバルに出演し、海外でも高い評価を得ます。1983年トリオを解散。以降はソロ・ピアノをはじめ、オーケストラや和太鼓との共演など活動の幅を広げていきました。1988年には山下洋輔ニューヨーク・トリオを結成。以来現在に至るまで、国内のみならず世界各国で演奏活動を展開、世界中のシリアスなジャズファンから圧倒的な支持を受けています。1996年には、洗足学園短期大学に開設されたジャズ・コースの客員教授となり、以降、母校国立音楽大学の客員教授に就任し、後進の指導にあたっています。さらにエッセイストとして『風雲ジャズ帖』『ドバラダ門』、『ジャズの証言』(相倉久人との共著)など多数の著書があります。
また1972年に公演先の福岡で森田一義と遭遇、のちにタモリとして芸能界にデビューするきっかけとなったことでも知られています。
●山下洋輔さんのその他の名言
「ジャズはね、世界中に地下水脈のように根を張ってる音楽だから」
「演奏は“PLAY”ですから、真剣に“遊び”ます」
「初めて出会うものに、いまだにワクワクします」
1...日野皓正 2...渡辺貞夫
解説: 山下洋輔さんは、1942年2月26日生まれ。東京都出身の世界的なジャズピアニスト、作曲家であり、エッセイストとしても知られています。小学生の頃はヴァイオリンを本格的に習い、ピアノは家にあったので遊びで弾く程度でしたが、中学3年のときに、当時大学生だった兄のジャズ・バンドにピアニストとして参加、初めてスイングジャズを弾くことに。それ以後、本格的にジャズに打ち込むようになります。やがて兄のバンドの技量に満足できなくなり、いくつかのアマチュアバンドを転々としますが、ある時「とてつもない額のギャラをもらったことがあって、それでもうこの道しかないと決めてしまった」ということで、麻布高校在学中にジャズ・ピアニストを志し、1962年国立音楽大学に入学、作曲科に在籍しながらプロとしても本格的な活動を始めます。「入学願書の履歴欄には、確か『現在ジャズピアニストとして活躍中』と書いたと思います。ジャズマンの代表として入学するんだ、みたいな生意気な意識があったんですね(笑)」(国立音楽大学ホームページより)。
卒業後、1969年に山下洋輔トリオを結成、肘でピアノを弾くといったフリー・フォームのエネルギッシュな演奏でジャズ界に大きな衝撃を与え、モントルー、ニューポートなどの著名ジャズ・フェスティバルに出演し、海外でも高い評価を得ます。1983年トリオを解散。以降はソロ・ピアノをはじめ、オーケストラや和太鼓との共演など活動の幅を広げていきました。1988年には山下洋輔ニューヨーク・トリオを結成。以来現在に至るまで、国内のみならず世界各国で演奏活動を展開、世界中のシリアスなジャズファンから圧倒的な支持を受けています。1996年には、洗足学園短期大学に開設されたジャズ・コースの客員教授となり、以降、母校国立音楽大学の客員教授に就任し、後進の指導にあたっています。さらにエッセイストとして『風雲ジャズ帖』『ドバラダ門』、『ジャズの証言』(相倉久人との共著)など多数の著書があります。
また1972年に公演先の福岡で森田一義と遭遇、のちにタモリとして芸能界にデビューするきっかけとなったことでも知られています。
●山下洋輔さんのその他の名言
「ジャズはね、世界中に地下水脈のように根を張ってる音楽だから」
「演奏は“PLAY”ですから、真剣に“遊び”ます」
「初めて出会うものに、いまだにワクワクします」
【 当選発表 】
E.Tさん コンピュータ・アミューズメント科 1997年卒業
I.Hさん ゲーム制作科 2017年卒業
H.Tさん コンピュータグラフィックス科 2025年卒業
E.Tさん コンピュータ・アミューズメント科 1997年卒業
I.Hさん ゲーム制作科 2017年卒業
H.Tさん コンピュータグラフィックス科 2025年卒業
賞品詳細
賞品1
PayPayマネーライト 1万円分を応募数20名あたり1名に!
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